海外拠点における業務プロセス統制は、物理的に距離が離れている事もありコミュニケーションをとるのが難しい等といった様々な要因により国内とは違った進め方で構築・評価を行う必要があります。
今回は英語でのコミュニケーションが必須な海外子会社の事例を基に、業務プロセス統制の構築・評価の進め方についてお話しをしたいと思います。
目次
業務プロセス統制の構築・評価スケジュール
まずは海外拠点における業務プロセス統制の構築・評価のスケジュールについてお話しします。
国内においては一般的に1年目に構築、2年目に評価というスケジュールを立てますが、海外の特徴は構築期間を2年目の前半までのばして構築の期間を長めにとることです。
海外子会社が12月決算で、2年間かけて構築・評価を行う場合のスケジュールは以下の通りです。
1年目:RCM作成および整備状況評価トライアルの実施
RCM作成:1月~6月(6か月間)
整備状況評価トライアルの実施:7月~12月(6か月間)
1年目に主な内部統制の構築を行いますが、特徴としては業務記述書よりも先にRCMを作成します。
そして整備状況評価のトライアルも構築の一環として1年目に行います。
2年目:業務記述書作成および整備・運用状況評価の実施
業務記述書作成:1月~6月(6か月間)
整備状況評価の実施:7月~9月(3か月間)
運用状況評価の実施:10月~12月(3か月間)
ポイントは1年目に作成したRCMを基に業務記述書を作成する事です。
その後本番の整備・運用状況評価の順で進めていきます。
このように海外拠点の内部統制では、RCMを作成した後に、業務記述書を作成するという順番が国内とは違うのですが、なぜこのような進め方をするのか、どうやって進めていくのか等、次の章以降でお話しします。
RCM作成および整備状況評価トライアルの進め方と実務ポイント
それでは、1年目に行うRCM作成および整備状況評価トライアルの進め方や実務ポイントについてお話しします。
海外拠点においては、業務記述書を作成する前にRCMを作成することがポイントになります。
国内拠点では最初に業務フロー図・業務記述書を作成し、財務報告に係るリスク(以降リスク)とコントロールを洗い出した上でRCMを作成します。一方海外拠点では業務記述書を作成する前にRCMを作成するのが特徴です。海外の内部統制構築においては、業務記述書の作成に非常に負荷がかかるので、業務フロー図の作成はあまりお勧めしていません。
RCM作成の進め方としては、以下の2点がポイントになります。
RCM作成の進め方のポイント
①サブプロセス単位で一般的なリスクを洗い出す。
業務記述書がないのにどうやってリスクとコントロールを洗い出すのだろうかと疑問に思いますよね。
販売・在庫プロセスの中の受注・出庫・売上計上といったサブプロセス単位で仕訳を想定できるので、それにあわせてリスクを洗い出す事ができます。
例えば受注のサブプロセスとして、借方は売掛金、貸方が売上の仕訳を想定し、そのリスクは、注文書に基づき受注登録が2重計上される、注文事実のない架空売上が計上される等、このように洗い出します。
②海外拠点にコントロール内容を例示し、現地でそれを記載した上で証憑を収集する。
前述の通りリスクは日本の親会社側で決めますが、コントロール内容は海外拠点に聞かないとわかりません。ただし現地に自由に書いてもらうとJ-SOXの目的から外れた内容になりがちなので、日本の親会社はコントロール内容の記載例を海外拠点に送ります。
それを基に海外拠点は現地の業務内容とJ-SOXの趣旨を踏まえながら、コントロール内容を記載し、コントロールに係る証憑を収集します。
コントロールの例としては、営業マネージャーは、注文書と受注伝票の日付・金額等を確認し、受注伝票にサインするというように具体的に証憑名や確認内容を記載します。
海外拠点ではRCMより先に業務記述書を作成しようとすると、細かい部分の記述内容の確定に膨大な時間がかかります。それによって肝心なリスクとコントロールの結びつきの把握や証憑の収集に遅れが出てしまうので、このようなやり方でリスクとコントロールを洗い出す事をお勧めしたいです。
海外拠点でコントロール内容の記載が終わったら、日本の親会社では、記載内容を基にRCMを作成し、以下をポイントにして整備状況評価のトライアルを行います。
整備状況評価トライアル実施の進め方のポイント
コントロール内容の確定や整備状況評価手続の作成を目的として行う。
日本の親会社は、海外拠点が収集した証憑を確認し、コントロール内容およびコントロールが有効になる評価手続の決定を目的に整備状況評価のトライアルを行います。海外拠点とのやりとりは言語や文化の違い、時差等の問題があり、海外拠点が記載したコントロール内容のレビューや評価手続の決定に非常に時間がかかります。整備状況評価のトライアルは、評価ではなく構築としてとらえコントロール内容や今後評価すべき内容の決定に時間を注いだ方が2年目のためにも良いと思います。
業務記述書作成および整備・運用状況評価の進め方と実務ポイント
次に、2年目に行う海外拠点における業務記述書の作成および整備・運用状況評価の進め方についてお伝えします。繰り返しになりますが、業務記述書は、RCMの後に作成します。
RCMができてリスクとコントロール内容がわかっていれば評価もできるし、業務記述書は作成しなくても良いのではと思いますよね。
なぜ業務記述書を作成するかというと、海外拠点にJ-SOX対応の意識を高めてもらう事や監査法人への提出が求められるためです。
現地の現場の方にJ-SOXの理論を伝えるのも前提として大事ですが、この業務記述書に則って仕事をしてほしいと伝えた方が、日本のJ-SOXとは何かをより身近に感じられると思います。
それではその業務記述書作成の進め方のポイントは以下になります。
業務記述書作成の進め方のポイント
①RCMのコントロールの内容を基に業務記述書を作成する。
RCMには受注・出庫・売上計上といった販売業務の流れがある程度記載されています。
よってコントロールの内容を基に、会計伝票作成、承認といった作業処理単位で業務記述書に業務内容を記述します。そして不足するコントロール内容以外の情報は現地とのやりとりで確認の上追加します。
②作業処理単位で、コントロールまたはコントロールにはならない作業を区分する。
RCMのコントロール記述の中にコントロールに該当する作業(例:証憑承認)とコントロールには該当しない作業(例:証憑作成)が混ざって記載されているので、業務記述書上でそれらを区分します。RCMと対比して実質的なコントロールは何かわかりやすくするための実務上の工夫です。
このような進め方で業務記述書ができたら、本番の整備・運用状況評価を行います。
整備・運用状況評価の進め方のポイントは以下の通りです。
整備状況評価の進め方のポイント
1年目で整備されていないコントロールを2年目で有効にする。
業務プロセスの中のコントロールは、会社の規程等でルール化されているものはそれほど多くなく、現場の日々の業務の中で行われるもう少し細かいものです。
よって1年目ではリスクに対するコントロールがない、または海外の特性上チェックや承認の証跡が残されていない等、整備されていないコントロールが多いので、2年かけて有効にしていきます。
国内のようにコントロールの不備発見後すぐに改善といったタイムリーな対応をあまり期待できないので、言語の違い等の様々な問題と向き合いながら辛抱強くコントロールを整備していく必要があります。
運用状況評価の進め方のポイント
母集団の内容をより具体的に海外拠点へ伝える。
海外拠点ではコントロールごとに母集団を依頼する際に想像以上に大変苦労します。単に母集団名を英訳するだけでは意図が伝わらないので、国内拠点以上に細かく説明します。母集団とは、コントロールに係る取引の総データの事と定義を伝えた上で、コントロールごとに「〇月から〇月において△△が××証憑を承認していることを評価するために、何件証憑を承認しているかがわかる総データ(海外拠点で作成したExcelファイルまたは〇〇システムから出力したデータ等)」といった、より具体的な母集団の内容を英訳して海外拠点へ伝える事がポイントです。
実務上役に立つ英単語と英訳を行う際のポイント
最後に、海外拠点とコミュニケーションをとる上で実務上役に立つ英単語と英訳を行う際のポイントについてお伝えします。
J-SOX作業で現地とのやりとりを行う際にこの単語を使えば認識があいやすいものを一例として記載します。
実務上役に立つ英単語
業務記述書 | Narrative ・海外拠点では、業務記述書として理解されます。 |
整備状況評価 | Design Assessment |
運用状況評価 | Operating Assessment ・ "Assessment"と"Evaluation"はほぼ同じ意味で使用できます。 ・「状況」という単語は英訳しなくても伝わります。 |
評価手続 | Assessment Procedure ・手順や手続は"Procedure"と英訳します。 |
証憑 | Evidence ・証拠という意味が強いですが、証憑という意味でも伝わります。 |
署名 | Sign Off ・名詞でも動詞でもよく使われる単語です。 |
証跡 | TrailまたはLog ・承認の証跡(署名、e-mail等)の種類が不明な場合に使える単語です。 |
最後に、英訳を行う際に必ず知っておいてほしいポイントをお伝えします。
英訳を行う際のポイント
証憑の送付を海外拠点へ依頼する際は具体的に記載する。
海外拠点に送付を依頼する証憑名だけを単純に英訳しても意味が伝わりにくいので、例を挙げて依頼事項も含めて具体的に記載します。「経理マネージャーが会計伝票を承認している事がわかる証憑、例えばサインオフした会計伝票、E-mail」というように、例示がないと証憑を提供してくれないケースが多いです。国内拠点のように意図をくんで関連する証憑を提出する事は少ないので、日本の親会社は意図が伝わるよう工夫が必要になります。
以上が海外拠点における業務プロセス統制の構築・評価に係る進め方のポイントです。
英語でのコミュニケーションが必要な海外拠点における業務プロセス統制の構築・評価は、物理的に距離が離れているだけではなく、言語や文化の違い等国内拠点とは比較できない位負荷がかかります。
本日お話した海外特有の進め方をおさえて構築・評価作業を進めることをお勧めします。
まとめ
業務プロセス統制の構築・評価スケジュール
・国内拠点においては1年目に構築、2年目に評価というスケジュールを一般的に立てるが、海外拠点は構築期間を2年目の前半までのばして構築の期間を長めにとるのがポイントである。
RCM作成および整備状況評価トライアルの進め方と実務ポイント
・海外拠点においては業務記述書を作成する前にRCMを作成することがポイントとなる。
・RCM作成の進め方のポイントは、
①サブプロセス単位で一般的なリスクを洗い出す。
②海外拠点にコントロール内容を例示し、現地でそれを記載した上で証憑を収集する。
・整備状況評価トライアル実施の進め方のポイントは、
コントロール内容の確定や整備状況評価手続の作成を目的として実施する。
業務記述書作成および整備・運用状況評価の進め方と実務ポイント
・業務記述書作成の進め方のポイントは、
①RCMのコントロールの内容を基に業務記述書を作成する。
②作業処理単位で、コントロールまたはコントロールにはならない作業を区分する。
・整備状況評価の進め方のポイントは、
1年目で整備されていないコントロールを2年目で有効にする。
・運用状況評価の進め方のポイントは、
母集団の内容をより具体的に海外拠点へ伝える。
実務上役に立つ英単語と英訳を行う際のポイント
証憑の送付を海外拠点へ依頼する際は具体的に記載する。