7月5日に日本公認会計士協会より、「財務報告に係る内部統制の監査に関する実務上の取扱い」の改正が公表されました。今回の改正は、2018年7月5日付で企業会計審議会から公表された「監査基準の改訂に関する意見書」を受けた監査基準の改訂および監査基準委員会報告書の改正を踏まえ、監査報告書の様式を検討したものです。 この改正の目玉はKAM「監査上の主要な検討事項」の導入です。
今回は、KAMの導入が内部監査部門に与える影響、つまり内部監査の実施やJ-SOX内部統制の評価にどのような影響を及ぼすのか考えてみます。
KAM(監査上の主要な検討事項)とは?
KAM(カム)とは、Key Audit Mattersの略称で、「監査上の主要な検討事項」のことを言います。
そして、「監査上の主要な検討事項」とは、外部監査人(公認会計士・監査法人)が当年度の財務諸表監査において特に重要であると判断した事項を指し、企業の監査役等と協議して選定した重要な監査項目です。例えば、過去の買収案件によって生じた減損のリスクが、財務諸表上に与える影響が大きいと判断された場合にはKAMとして取り扱われることになります。
このKAMは、外部監査人が作成する監査報告書の中で記載されることとされ、監査報告書の長文化ないし監査報告書の透明化と言われ、最近まで議論されていたものになります。
これまでの外部監査人の監査報告書は簡素化された内容で記載されることが多く、いわゆる短文式の監査報告書とも呼ばれてきました。この短文式の監査報告書にも利点はあり、企業間比較を容易にする、監査人による主観的な情報操作を避けるという意味あいがあり、長い間この短文方式が採用されてきました。
しかしながら、短文式の報告書では、投資判断をするにあたっての十分な情報や監査人の意見が判断できないという批判もあり、長らく議論の的にもなってきた所でもありました。そのような中、海外の監査報告書では、長文式の監査報告書が主流となってきており、こうした海外の傾向も踏まえて、監査報告書を長文化し、監査人の意見をもっと反映させようとの考え方から今回の改正になっています。そして、今回の改正の中で一番の目玉になるのがKAMであり、監査報告書に「監査意見の根拠」や「監査上の主要な検討事項」といった内容を記載することが求められています。
今回の「財務報告に係る内部統制の監査に関する実務上の取扱い」の改正は、このKAMの導入による監査報告書の改正に合わせて行われたものになります。
改正については、以下のサイトよりご確認ください。
日本公認会計士協会公表
「財務報告に係る内部統制の監査に関する実務上の取扱い」の改正について
KAMが内部監査に与える影響
KAMは、金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の提出会社に対して義務づけられており、2021年3月期決算から適用されます(早期適用も認められます)。このKAMが導入されることにより、上場会社の内部監査部門はどのような影響を受けるのでしょうか?
上場会社の内部監査部門の業務には、内部監査対応とJ-SOX対応の2つがあります。まず、内部監査への影響ですが、KAMが内部監査の業務内容を大きく変えることは無いと思われます。ただ、内部監査部門が考えていた監査項目とは異なる項目がKAMとして候補になるような場合、次のような影響が考えられます。
■監査計画の変更を余儀なくされる
KAMの項目によっては、内部監査でカバーすべき重要なリスクが含まれる場合も想定されます。そうなった場合には、内部監査部門の意図とは違った形で監査項目や監査対象(部署や子会社等の拠点)を選定しなくてはならなくなり、監査計画の策定に影響を及ぼすかもしれません。
■監査結果の詳細な説明を求められる
内部監査の監査項目がKAMに該当した場合、監査結果の説明を監査役等に対して説明するほか、外部監査人まで報告しなければなりません。この場合、外部監査人は必ずしも自社の業務に精通している訳ではないため、詳細な説明や質問対応を求められる等、通常より多くの時間を費やすことになるかもしれません。
■追加の監査手続が求められる
KAM候補となった監査項目の報告結果次第では、監査役等ないし外部監査人からも追加の監査手続を求められる可能性があります。特に、外部監査人の保守的な考えにより、今までであれば必要の無かった追加手続や再往査が求められ、監査時間や監査スタッフの工数が逼迫する可能性もあります。
KAM導入を踏まえると、予め充分な時間を取り、経営者(取締役)や監査役等だけでなく、外部監査人とも充分にコミュニケーションを取る必要があります。
KAMがJ-SOX評価に与える影響
次に、KAM導入によるJ-SOX評価作業への影響を考えてみます。まず、内部統制がKAMの候補になりえるかどうかですが、外部監査人が財務諸表監査を進める中で、財務報告に関する内部統制が特に重要であると判断した場合には、当然ながらKAMの候補になるものと考えられます。例えば、会計システム等のITの導入ないし変更が重要であれば、KAMとして選定される可能性があります。それでは、KAMが内部統制の評価作業にどのような影響を与えるのか考えてみたいと思います。KAMが導入されても、評価作業の内容が大きく変わることはありません。この点は、内部監査と同様です。しかしながら、外部監査人がKAMを監査報告書に記載する必要があることから、次のような影響があるかもしれません。
■ヒアリングや追加の証憑提出を求められる
KAMとして「監査意見の根拠」を記載するため、外部監査人から、より詳細なヒアリングを求められる可能性が考えられます。外部監査人が不審に感じた事項に関連する業務を詳細に確認したり、意見の根拠とするために、今まで求められていなかった証憑の提出を要請されることも予想されます。
■監査報告書の協議等の時間が増える
外部監査人は「監査上の主要な検討事項」を監査報告書へ記載する必要があり、従来より監査報告書に費やす時間が増えることになります。監査人から企業側へ監査報告書を説明する時間も増え、企業側も監査報告書の確認に要する時間が増えることになります。
■J-SOX評価スケジュールの前倒しが必要になる
外部監査人の監査報告書の作成工数が増えることから、監査人側もその時間を十分に確保する必要があり
ます。従来以上に監査報告書に時間を費やすことになるため、今までより内部統制監査を前倒しで行うこと
が考えられます。企業側のJ-SOX評価も早期に対応する必要が出てくるかもしれません。
J-SOX評価においても、外部監査人とコミュニケーションを取って評価作業を行う必要があり、充分な時間を確保したうえで、充分な時間を確保したうえで余裕を持った評価作業を実施しなければなりません。
KAM導入における留意点~監査人とのコミュニケーション強化
KAMは、外部監査人が一方的に選定するものではなく、企業側と協議して決定するものになります。
今まで以上に外部監査人と企業の経営者、監査役等、さらには内部監査ないしJ-SOX評価スタッフとも充分なコミュニケーションを確保して臨む必要があります。KAMが導入されても、内部監査やJ-SOX評価の作業自体が大きく変化することはありません。しかしながら、従来以上に外部監査人とのコミュニケーションの時間を確保しなければならないという点においては、注意が必要です。どの企業の内部監査部門も限られたリソースの中タイトなスケジュールで内部監査・J-SOX評価を対応しています。このため、どの企業においても内部監査や評価作業の効率化が重要な課題となっています。特に比較的若い上場会社においては、内部監査とJ-SOX評価を数名で兼任しているケースも少なくありません。KAMにつき外部監査人と協議しなくてはならない状況にも関わらず、充分な時間が取れないといった事態も起こってしまうかもしれません。
KAMの導入により、企業は、内部監査およびJ-SOX評価の効率化を追求するとともに、今まで以上に外部監査人と協議する時間を確保して、コミュニケーションを強化するプランを立てて進める必要があります。
まとめ
KAM(監査上の主要な検討事項)とは?
KAMとは、Key Audit Mattersの略称で、「監査上の主要な検討事項」のことを言う。
‣監査人が当年度の財務諸表監査において特に重要であると判断した事項である。
‣企業の監査役等と協議して選定した重要な監査項目(検討事項)である。
KAMが内部監査に与える影響
■監査計画の変更を余儀なくされる
■監査結果の詳細な説明を求められる
■追加の監査手続が求められる
KAMがJ-SOX評価に与える影響
■ヒアリングや追加の証憑提出を求められる
■監査報告書の協議等の時間が増える
■J-SOX評価スケジュールの前倒しが必要になる
KAM導入における留意点~監査人とのコミュニケーション強化
KAMは、外部監査人が企業(監査役等)と協議して決定するものである。
★今まで以上に綿密なプランの下、監査人との協議時間を確保することが求められる。
‣監査・評価の実施前(計画段階)と実施後(報告段階)に充分な協議を行う。