経理部門が担う経理・決算業務は、時の経過とともに複雑化しています。複雑化の要因として、会計基準の新設・変更や、税制改正といった外部要因だけでなく、経理部門が担う役割が広がっているという内部要因も存在します。経理部門の役割は、実績値をもとに会計基準や税法に則って伝票処理・帳簿作成などを行う『財務会計』から、短期・中長期の将来の予測値を取り扱う『管理会計』や『戦略会計』へと広がりつつあります。このように、経理・決算業務は複雑になるだけでなく、取り扱う数値の範囲も増えていますので、多くの経理担当者の悩みの種となっているのが現状です。
このような状況のなか、経理・決算業務を外部に委託するアウトソーシングに関心が集まってきています。今回は、アウトソーシングのメリットをお伝えするとともに、アウトソーシングに適した業務をご紹介いたします。
経理部門が直面している主要課題
会計基準や税法の複雑化や、経理部門が担う役割の変化、人材採用の困難化など近年、経理部門が直面する課題は増えつつあります。経理部門における環境・役割がどのように変わってきているのか、見ていきましょう。
■会計基準・税制改正に伴う経理・決算業務の複雑化
会計基準の複雑化が顕著になったのは、1990年代後半の『会計ビックバン』ではないでしょうか。減損会計や退職給付会計といった会計基準が導入され、会計処理は一気に複雑化されました。その後も2009年にはIFRS(国際財務報告基準)の任意適用が始まり、近年では2021年の収益認識基準の適用、そして2027年には新しいリース基準が適用される予定です。また、会計基準だけでなく、電子帳簿保存法や消費税法の改正なども業務の複雑化の要因となっています。
■経理部門の役割の変化
以前、経理部門はお金の管理や決算、税務申告といった過去の数字を中心に取り扱っていました。いわゆる『財務会計』の役割をになっていましたが、近年はグローバル化といったビジネス環境の変化に伴い、経営をサポートするための将来予測値の取り扱いが求められ、『管理会計』や『戦略会計』(企業戦略を立案するために必要な情報を収集・集計・処理する)の役割も求められるようになってきています。
■人的リソース確保の困難化
2019年から始まった働き方改革により、労働時間に関する規制が強化されました。個人的には喜ばしい内容ですが、残業時間が抑制されたことにより、実質的に労働時間は減少しています。また、少子高齢化による労働人口の減少、人件費の高騰といった要因により、人的リソースの確保はますます困難になっています。
経理部門が担う業務は、複雑になるだけでなく、取り扱う数値も実績値から将来の予測値へと範囲が広がっています。更に、人的リソースの確保が困難な今、外部の企業に頼らざるを得ない状況といっても過言ではありません。
アウトソーシング活用によるメリット
経理・決算業務を社内リソースで対応するのではなく、外部に委託(アウトソーシング)するとキャッシュアウトが発生しますので、ネガティブな印象をもつ方も少なからずいるのではないかと思います。しかし、アウトソーシングには以下のようなメリットが存在します。
■専門的なノウハウの活用
アウトソーシングサービスを提供する会社は、対象となる業務を専門で担っていますので、専門知識や豊富なノウハウを持っています。会計基準や法制度の改正にも対応することが可能になりますので、社員による改正内容のキャッチアップにかかる時間が削減されます。
■経理・決算業務体制の安定化
アウトソーシングサービスの利用により、常に一定の品質の業務をスケジュール通りに安定的に遂行してもらうことが可能になります。これにより、退職などといった担当者の急な離任による体制面でのリスクが払しょくされますので、体制の安定化を図ることができます。
■社内リソースの最適配置
定型業務をアウトソーシングすることにより、社内リソースを管理会計や戦略会計といった、より重要な業務に集中させることができるようになります。企業全体の意思決定の速度を向上させることも可能になります。
■採用・人材育成コストの削減
経理・決算業務は、経験や知識が求められる分野になりますので、採用にあたっての対象者が少なく、更に育成に時間がかかります。アウトソーシングを利用することで、採用・人材育成コストを削減することができます。
アウトソーシングサービスの利用により、キャッシュアウトが発生するというデメリットがありますが、専門的なノウハウの活用、体制の安定化、社内リソースの最適化、採用・人材育成コストの削減といった、デメリットを十分に補えるメリットがあるのです。
アウトソーシングに適した経理・決算業務の特徴
アウトソーシングを利用することで、専門的なノウハウの活用、体制の安定化、社内リソースの最適配置、採用・人材育成コストの削減といったメリットを享受することができますが、全ての業務がアウトソーシングに適している訳ではありません。一般的に伝票起票など、ボリュームの多い定型作業はアウトソーシングに適していますが、他にもいくつか特徴があります。
■アウトソーシングに適した業務の特徴
高度な会計・税務知識が求められる専門性の高い業務や、四半期や半期、年次で行う実施頻度の低い業務は、ノウハウが残りづらかったり、属人化する傾向にあります。専門性の高い業務は、業務を担える担当者が少ないだけでなく、担当しているスキルの高い担当者は総じて忙しく、マニュアルを作成する時間がないというケースが多くあります。また、実施頻度の低い業務は、頻度が低いがためにマニュアル化の優先度が低くなる傾向にあります。このような業務は、自社でノウハウを残すという選択よりも、アウトソーシングを選んだ方がメリットが大きいといえます。
■アウトソーシングにあまり適さない業務の特徴
社内の事情を理解していないと実施できない業務や、現物(現金や棚卸資産、固定資産等)を取り扱う業務は、アウトソーシングに適しているとはいえません。アウトソーシングを提供する会社は、会計基準や税法といった公開されている情報には精通していますが、当然ながら社内の事情は理解していません。社内の事情を理解するための時間(コスト)が追加でかかってしまうことになりますので、割高になってしまう傾向にあります。
専門性の高い業務や、実施頻度の低い業務は、属人化する傾向にありますので、アウトソーシングを選んだ方がメリットが大きいですが、現物を取り扱ったり、社内事情の理解が求められる業務は、コストが割高になるためアウトソーシングにはあまり適していません。
アウトソーシングに適した経理・決算業務の一覧
経理・決算業務のうち、定型的でボリュームの多い業務、専門性の高い業務、実施頻度の低い業務はアウトソーシングに適していますが、現物を取り扱ったり、社内事情の理解が求められる業務はアウトソーシングに適していません。
【アウトソーシングに適した経理・決算業務】
◌伝票起票:データ入力等専門性が低く、標準化が容易な業務であるため、業務自体が外部委託に向いている
◌債権債務管理:定型業務として日々発生し、頻繁に入金や支払期日の確認が必要であるため、外部委託に向いている
◌個別決算業務:一部資産項目の計算に高度な専門知識を要するが、仕訳や帳票作成など定型業務が多いため、外部委託に向いている
◌連結決算業務:消去仕訳の作成や子会社の個別財務諸表確認などの標準化とパッケージシステムの成熟化により、外部委託に向いている
◌税務申告:税務申告には専門知識が必要なことに加え、専用システムの使用により精度を高めることができるため、外部委託に向いている
△棚卸資産管理:データ入力や帳簿の突合、月次の評価計算は定型化できるため、資産管理を除いて部分的な外部委託に向いている
△固定資産管理:固定資産の減価償却計算や台帳更新は定型化できるため、固定資産の管理を除いて部分的な外部委託に向いている
△開示業務:企業独自で作成すべき情報が多いものの、システムが対応している定型項目も多いことから、部分的な外部委託に向いている
【アウトソーシングに適していない経理・決算業務】
×現預金管理:資金繰りや現金の授受において資産へのアクセスが必要であり、セキュリティ上の懸念があるため、外部委託には不向き
×管理・戦略会計:企業固有の経営戦略や市場環境に基づいたデータ分析や予測シミュレーションが必要となるため、外部委託には不向き
このように、多くの経理・決算業務はアウトソーシングに適していますが、棚卸資産管理、固定資産管理といった現物を取り扱う業務や、社内事情の理解が求められる開示業務は、部分的に適していない業務があります。また、セキュリティ上の懸念がある現預金管理や、企業固有の理解が求められる管理会計、戦略会計は、アウトソーシングに適しているとは言えません。
会計処理の複雑化や人的リソース確保の困難化といった課題に対して、アウトソーシングは即効性のあるソリューションです。キャッシュアウトというデメリットもありますが、それを補う多くのメリットもありますので、検討の余地は十分あるのではないでしょうか。
まとめ
■経理部門が直面している主要課題
・会計基準・税制改正に伴う経理・決算業務の複雑化
・財務会計から管理会計、戦略会計といった経理部門の役割の変化
・人的リソース確保の困難化
■アウトソーシング活用によるメリット
・専門的なノウハウの活用
・経理・決算業務体制の安定化
・社内リソースの最適配置
・採用・人材育成コストの削減
■アウトソーシングに適した経理・決算業務の特徴
・専門性の高い業務、実施頻度の低い業務は、属人化する傾向にあるためアウトソーシングを選んだ方がメリットは大きい
・現物を取り扱ったり、社内事情の理解が求められる業務は、コストが割高になるためアウトソーシングには適していない
■アウトソーシングに適した経理・決算業務の一覧
・伝票起票、債権債務管理、個別決算業務、連結決算業務、税務申告はアウトソーシングに適している
・棚卸資産管理、固定資産管理、開示業務は、部分的にアウトソーシングに適していない業務がある
・現預金管理、管理会計、戦略会計は、アウトソーシングに適していない