日本の会計基準は、2010年頃からIFRS(国際財務報告基準)の考え方を徐々に受け入れる方針に舵を切り、定期的な基準改訂が実施されています。直近では2018年に見直された収益認識基準が記憶に新しいですが、2024年の現在はリース基準の見直しが進められています。その概要は、今までオペレーティングリースとファイナンスリースに分かれていたリース取引を、すべてファイナンスリースのようにオンバランス処理するというものです。
IFRSを適用している企業では、日本におけるリース基準見直しのベースとなっているIFRS第16号が2020年3月期から適用されており、非常に大きなインパクトを受けました。日本基準での見直しもそれと同じように大きな影響になると考えられるため、早めに準備するに越したことはありません。そこで今回は、最初に新リース基準の概要とその影響を説明してから、業務と財務諸表それぞれへの影響を考察します。そして最後に想定される実務への課題をみていきましょう。
新リース基準の概要とその影響
新リース基準では、今まで支払い時に費用として計上されていたオペレーティングリースや不動産の賃貸取引等を、ファイナンスリースと同じようにオンバランスする会計処理が提示されており、リースの区別がなくなります。そのため、リース期間が12か月未満の短期リースや、決められた金額を下回る少額資産のリースといった例外を除いて、すべてのリースに該当する取引がオンバランス処理されます。
適用範囲は、従来リース契約として取り扱われていたものだけでなく、IT機器やオフィス什器のレンタル契約、オフィスや倉庫や社宅等の不動産賃貸契約も含まれます。またリース期間の算定は、契約期間のみならず契約の更新・解除の可能性を考慮しなければなりません。そのため、不動産賃貸には特に注意が必要です。たとえば、月額100万円で2年間のオフィス契約を結んだとすると、一度も更新せずに退去することはほとんどありませんので、少なくとも5年はリース期間として見積もる必要があります。そうなると、6,000万円(100万円/月x60か月)もの資産と負債をオンバランス計上しなければなりません(割引計算は省略)。
新リース基準では全てのリース取引をオンバランス処理することが基本ですが、短期リースと少額資産のリースは例外処理が許されており、オンバランス処理せずにリース料を直接費用計上できます。短期リースはリース期間が12ヶ月以内の取引に適用されます。そして少額リースは、リース契約1件当たりのリース料が300万円以下のリース、または新品購入時に5,000米ドル以下の資産から選択することができます(選択した方法を首尾一貫して適用)。
このように、新リース基準では一部の短期リースと少額資産のリースを除いて、すべてのリース取引をオンバランス処理することになります。なお、新リース基準適用初年度は、すでに契約が開始されているリース取引に関しては期首までの累積影響額を算出し、利益剰余金から加算または減算することで調整します(過去すべての会計期間への遡及適用と選択することも可能)。
経理処理の工数増加
今までオペレーティングリース、レンタル契約、そして不動産賃貸契約は、支払時に費用計上するだけのシンプルなものでした。しかし、新リース基準では取引開始時にオンバランス処理が必要となり、そこに連動して毎月の経理処理が必要になります。それではどのような追加業務が発生するか、具体的に見ていきましょう。
リース取引では、リース開始時に「使用権資産」と「リース負債」を帳簿に記録します。「使用権資産」とはリース物件をリース期間にわたって使用する権利で、「リース負債」とは使用権に対して支払いする義務のことを指します。その計上額は、リース開始時までに費用が発生していない場合は両者とも同額で、リース料の総額をリースの割引率を使用して現在価値に割り引いた金額になります。ここでは具体的な計算方法には触れませんが、リース料を現在価値に割り引くことで、リース期間を通して実際に支払う総額よりも、利息分だけ小さな金額が帳簿に記録されます。取引開始前にリース料が前払いされていたり、運送費や仲介手数料等の付随費用が発生する場合は、使用権資産の計上額に含まなければならないので、見落とさないように注意しましょう。
次は月次での使用権資産の減価償却とリース負債の支払処理です。使用権資産は固定資産と同じで減価償却の対象となり、リース期間にわたって月次で計上されます。リース負債の支払処理では、リース負債と支払利息への振り分けが必要となります。支払利息は、リース債務の残高に割引率を掛けた数字です。そして、その支払利息を支払金額から引いた金額を、リース負債の返済分として減額する処理をします。
以上のように、新リース基準ではリース契約一つ一つに対してオンバランス処理をしてから毎月の処理が発生しするので、リースに該当する取引が多い企業における業務への影響は計り知れません。
財務諸表への影響と経営指標の変化
新リース基準では、使用権資産とリース負債を計上するため、BS(貸借対照表)の資産と負債が増えます。また、PL(損益計算書)でも今まで販売費および一般管理費のリース料として処理されていた費用が、減価償却と支払利息に振り替えられます。リースに該当する取引が少ない場合は目立つような影響はありませんが、多い場合はBS・PLそれぞれに関連する重要な経営指標に大きなインパクトをあたえます。
①BSの指標への影響
負債比率・自己資本比率、ROA(総資産利益率)、ROIC(投資資本利益率)等重要な経営指標に影響します。たとえば、負債が増えると負債比率が高くなり自己資本比率が低くなるので、借入金に頼った経営をしているとみなされます。そうなると、現金の多くが返済に充てられ自由に使えなくなり、新しいチャレンジをすることが難しいと投資家から判断されてしまいます。また、ROAは資産に対する利益の効率性を示すので、資産が増えて利益が変わらなければ効率は低下します。同じように、ROICは投下資本に対する利益の効率性を示すため、投下資本に含まれる負債が増加して利益が変わらなければ効率も低下します。
②PLの指標への影響
今までの基準では、リース料や賃借料は販売費および一般管理費として処理されていましたが、その一部が営業外費用の支払利息に振り替えられることで、営業利益が上がります。また、EBITDA(利息・税金・減価償却前利益)という重要な指標も変動します。なぜなら、今までEBITDAの数字にマイナスに影響していたリース料や賃借料が、利息と減価償却に振り替えられることで計算に含まれなくなるからです。この指標は業績評価や経営分析によく使われるため、企業としての評価が高くなると考えられます。
新リース基準が適用されると、BSでは資産と負債が増加し、ROAやROICの効率が低下するため、ネガティブな影響があります。しかし、PLでは営業利益やEBITDAが上昇する等、ポジティブな効果もあります。財務諸表全体を見渡すと、悪い側面だけでなく、良い側面も存在することが分かります。
想定される実務の課題
最後は新リース基準の適用後に想定される実務の課題について考察します。ここまでは業務への影響として経理処理の工数増加、財務諸表への影響として経営指標の変化についてみてきましたが、実務での課題もこれらの影響や変化が原因で生まれることが想定されます。その中でも大きな課題と考えられるのは「工数増加に対する業務対応」と「ステークホルダーへの説明」です。
①工数増加に対する業務対応
リース開始時のオンバランス処理や毎月の償却や支払時の利息計上等が増えると、現在の業務フローのままでは対応しきれない可能性があります。この課題に対処するには、業務担当者へのヒアリングを通して現状を把握するところから開始しましょう。その情報をもとに、より効率的な業務フローの確立や、リース資産の管理システム導入の検討に取り組みます。
②ステークホルダーへの説明
BS(貸借対照表)・PL(損益計算書)の数字が大きく変わる場合は、投資家や銀行等のステークホルダーに対する説明にも工夫が必要です。企業の財務状態を正しく理解してもらうためには、どのように数字が変わったのか具体的な説明を追加する必要があるため、開示方法の検討が必要になります。新リース基準の影響が財務諸表にどの程度の影響を与えており、どのように経営指標が変化しているのかをわかりやすく説明することが、ステークホルダーからの信頼を保つことにつながります。
以上のように、工数増加に対しては現状調査のうえで業務を見直したりシステム導入を検討する必要があります。またステークホルダーへの説明では開示方法を検討しなければなりませんが、冒頭で述べたようにIFRS適用企業は2020年3月期から新リース基準(IFRS16号)が強制適用されているので、その時の他社事例を参考に対応することも可能でしょう。
まとめ
■新リース基準の概要とその影響
リース期間が12か月未満の短期リースや、決められた金額を下回る少額資産のリースといった例外を除いて、今まで費用として処理されていたオペレーティングリースや不動産の賃貸取引等がオンバランス処理される。
■経理処理の工数増加
リース開始時に「使用権資産」と「リース負債」を帳簿に記録し、その後は月次で使用権資産の減価償却とリース負債の支払処理する。使用権資産は減価償却の対象となり、リース支払はリース債務返済と支払利息に振り分けられる。
■財務諸表への影響と経営指標の変化
負債比率・自己資本比率、ROA(総資産利益率)、ROIC(投資資本利益率)等BS(貸借対照表)の指標はネガティブな影響が多いが、営業前利益やEBITDA(利息・税金・減価償却前利益)等PL(損益計算書)の指標にはポジティブな側面もある。
■想定される実務の課題
「工数増加に対する業務対応」では、適用前に現状業務を把握しておく必要がある。「ステークホルダーへの説明」では、良好な関係性を継続させるために丁寧な説明が必要となり、IFRS適用企業の事例が参考になる。