ひと昔前に比べると経費精算や顧客管理といった業務システムのテレビコマーシャルを見かけることが多くなりました。これはシステムを含むITが身近な存在であることを改めて感じると共に、企業活動にとって重要な役割を担っていることを痛感します。システムを何も利用していない企業はほとんどなく、事業拡大や変化のタイミングで既存システムの切替や新規システムの導入を図る企業が多いです。しかし、新規システムの導入を急ぎ進めてしまった結果、当初のスケジュール通りに進まなかったり、予算を大きく超えるコストがかかってしまうという失敗事例も数多く発生しています。これらの根本的な原因は業務の可視化、整理ができていないことにあります。そこで今回はシステム導入前に行うべき業務可視化の重要性、業務改善の方法や事例について紹介していきます。
システム導入前に行う業務可視化と整理
ほとんど使われていない帳票を現場担当者が苦労して作成していたり、情報として活用できていないデータを入力していたりと、昔から変わらずに存在している「不要な業務」が残ってしまっていることがあります。この「不要な業務」はシステム導入にとって不利益をもたらすものになりますので、これを明確にするために業務の可視化と整理を実施する必要があります。
業務の可視化と整理は大きく4つ手順で進めていきます。
①業務のたな卸し(帳票、システム機能含む)
どんな業務が行われているのか、業務を漏れなくたな卸しするため、Excelのフォーマットを用意し、業務担当者に記入してもらいます。業務だけでなく、帳票やシステムの機能も含めて記入してもらうことで、網羅的に情報を収集することが可能になります。
②担当者へのヒアリング
たな卸しした業務を一覧化し、一覧表をもとに業務の詳細や、使っている帳票、システムの機能についての不明点を担当者から聞き出します。この時、業務で困っていることや、もっと効率的にできる方法があるかといった要望も一緒に収集します。ヒアリング時に収集した要望ですが、実際は課題ではなく担当者の所感や意見といった内容も多く含まれていますので、後に精緻化する業務一覧表等をもとに事実関係を把握することが大切になります。
③業務・帳票・システム機能・要望一覧の作成・精緻化
ヒアリングで得た情報をもとに、業務一覧表、帳票一覧表、システム機能一覧表、要望一覧を作成または精緻化します。帳票やシステム機能一覧は、業務一覧表と関連付けて整理すると、全体像が見えやすくなります。
④業務・帳票の整理
作成した一覧表をもとに不要または統合可能と想定される業務、帳票、システム機能を整理します。整理にあたっては、現場担当者ではなく部門長等上位の役職者とディスカッションを行うことがポイントです。
現行の業務や作業を整理せずにそのまま新しいシステムに持ち込もうとすると、システムの範囲が無駄に広がり、コストの増加やスケジュールの長期化に繋がるリスクとなります。システムの導入を進める前に業務可視化と整理を実施することで、無駄を省き効率的に進めることが可能となります。
システム導入前に行う課題抽出と改善施策の決定
業務上の課題を全てシステムで解決しようとすると、新しいシステムへの機能要件が増え、導入コストの増加を招きます。課題の中には、業務の見直しやルールの変更といった方法で解決できるものもありますので、これらを見極めることが重要です。ここでは課題抽出と対応方針の策定方法について、2つのステップに分けて進め方を説明します。
①可視化した業務の分析
業務一覧表や要望一覧をもとに作業時間や業務の実施日時、マニュアルの有無、業務の難易度といった軸で分析します。この分析により、改善の方向性がわかるようになります。
○作業時間:負荷の高い業務の明確化 → 効率化
○実施日時:業務ごとに繁忙期、閑散期の状態を明確化 → 平準化
○マニュアル有無:業務の属人化状況の明確化 → 標準化
○難易度:担当者の再配置や再構築対象業務の明確化 → 体制変更/業務再構築
②課題に対する改善施策の決定
次に各課題の改善施策を決定していきます。改善施策の方向性は、業務改善、ルール改善、システム改善の大きく3つにわかれます。
○業務改善:平準化を目的とした実施時期の見直しや、マニュアル整備による標準化、業務難易度を下げるための業務プロセスの見直し(業務再構築)を行う。
○ルール改善:規程等のルールを見直すことで、業務の実施頻度を軽減したり、業務そのものの廃止を進める。
○システム改善(機能要望):作業負荷の軽減や、手作業をシステム化するための機能要望をまとめ、システム化を推進する。
このように、業務と課題を客観的に分析することで、業務改善やルール改善で対応できる改善施策が識別できるようになります。全ての課題をシステムで解決しようとすると、導入コストの増加やシステム導入の難易度が上がりますので、適切な施策の決定が必要です。
改善計画策定のポイント
改善計画は、システム選定や導入スケジュールを考慮して作成する必要があります。改善施策の中には、システム導入に先行して対応が可能な業務改善やルール改善といったものもあります。反対に、システム導入が始まってからでないと着手ができない施策も存在します。ここでは改善計画の策定ポイントを紹介します。
①システム選定・導入スケジュールを明確にする
言うまでもありませんが、まずはシステム選定と導入のスケジュールを把握する必要があります。システム選定前に着手・完了すべきもの、導入前までには完了させなければならないもの、システム導入の要件定義と合わせて進めるべきもの等改善施策の内容によって実施すべきタイミングが異なります。一般的には、システム選定は3~6か月、システム導入は6か月~1年くらいが目安となりますが、ベンダーに直接問い合わせて明確にする方法も有効です。
②システムのスコープ(範囲)と各施策を照らし合わせ、影響範囲を明確にする
システムのスコープに含まれている改善施策は、当然ながらシステム導入が始まらないと着手ができません。例えば、標準化を目的としたマニュアル作成ですが、システムのスコープ外であればすぐにでも着手ができます。反対に、スコープ内ということになれば、システムの構築が終わった後でないとマニュアルを作成することはできませんので、システムのスコープと各施策の影響を整理しておく必要があります。
③改善計画の策定
各施策の優先順位とシステム選定・導入スケジュール、システムスコープと改善施策への影響をもとに改善計画を作成します。規程の変更といった施策については、社内承認や関係者との調整等で時間がかかることもあります。規程変更を前提にシステム導入を進めるのであれば、システム導入のボトルネックにもなり兼ねませんので、十分な時間を確保する等注意が必要です。
改善施策の中には開始や終了期限が必然的に定められているものもありますので、システム選定・導入スケジュールをもとに入念な計画を作成する必要があります。
業務改善・ルール改善・システム改善の事例
最後に実際の業務改善、ルール改善、システム改善の事例をいくつかご紹介します。
○業務改善の事例:承認ルートの見直し
ある企業では支払処理の社内承認が6段階存在し、それぞれの承認者の役割が不明確になっていました。結果として、確認すべき項目がチェックされずに誤った状態で承認され、全て経理でチェックしなければなりませんでした。システム導入が始まる前に承認者の役割やチェック箇所を整理することで、入力や承認の自動チェック機能の要件を削減することができ、さらに承認経路の設定作業が軽減されました。
○ルール改善の事例:社内規程の見直し
経費規程内で定められている手当の条件が複雑であったために、経費精算の申請者、承認者の双方で手当の適切性の確認に時間がかかっていました。業務の効率化・簡素化を目的として、関係部署や労働組合と協議を行い、約半年間をかけて手当の条件を簡素化することに成功しました。手当の条件を見直す前は、条件分岐が複雑過ぎて対応できるシステムが限られていましたが、簡素化によって選択範囲が広がるばかりか、導入時の設定作業も大幅に削減できました。
○システム改善の事例:ワークフロー機能の強化
ワークフローシステムでの申請後、上長にメールで承認の連絡が届くにも関わらず、承認待ち状態で何日も放置される事態が発生していました。申請者が督促メールを送信するという、無駄な作業が課題となっていましたが、リマインドの画面通知やメール通知機能の強化を要件の一つとして、システムを選定することで、問題解決につながりました。
これらはいずれも業務の可視化から進め、課題と原因の明確化、計画策定、解決施策の実行というプロセスを踏んだ、成功事例となります。
このように、業務の可視化と整理を実施しない状態でシステム選定やシステム導入を進めると、本来は不要となっている業務や機能要件まで含まれてしまい、選定や導入にかかるコストが増加します。さらに、機能要件が増えることにより、システム導入の難易度が上がり、スケジュール通りに進まなかったり、要件定義や設定作業が膨大になる可能性が高まります。業務の可視化と整理は後続の影響を考えますと、必ず実施することをお勧めします。
まとめ
■システム導入前に行う業務可視化と整理
・業務の可視化と整理は、①たな卸し、②ヒアリング、③一覧化、④業務・帳票整理の4段階で行う。
・業務や帳票の整理を行わない状態でシステム選定・導入を進めると、不要なものまでシステムの範囲に含まれてしまい、コストの増加やスケジュールの長期化といったリスクを生む。
■システム導入前に行う課題抽出と改善施策の決定
・業務は、「作業時間」、「実施日時」、「マニュアルの有無」、「難易度」といった軸で分析し、課題を抽出する。
・全ての課題をシステムで解決するのではなく、業務改善やルール改善で対応すると、新しいシステムへの機能要件が減り、導入コストを削減することができる。
■改善計画策定のポイント
・システムのスコープに含まれている改善施策は、システム導入が始まらないと着手ができないため、改善施策の内容に応じて実施するタイミングを検討する。
・「各施策の優先順位」、「システム選定・導入スケジュール」、「システムスコープと改善施策への影響」の3つを考慮して改善計画を作成する。
■業務改善・ルール改善・システム改善の事例
・承認ルートの見直しによって入力や承認時の自動チェック機能の要件を減らすことができ、承認経路の設定作業が軽減された。
・社内規程で定められている手当の条件を関係者との協議のうえ簡素化することで、機能要件が削減されシステムの選定範囲が広がった。
・画面でのリマインドやメール通知機能を強化することで、督促メールの送信といった無駄な作業が削減された。