内部統制報告制度が施行されて以来、監査法人の指導のままに制度を乗り切ることを重視した結果、過剰な評価対応を行っているケースが多く見受けられます。評価の効率化においては、過剰対応となっている部分を特定し、スリム化することにより、評価作業の工数削減が期待できます。「コントロールの数が多い」「使用する証憑が多い」「サンプリング件数が多い」等、現場や内部監査部門の作業負荷に関する悩みを多く聞きます。しかし経験のある人材が不足している等の理由で、効率化に着手できないのが現状のようです。
内部統制評価対応の中で、最も多くの比重を占めているのが業務プロセス統制です。業務プロセス統制に着目し、評価の効率化を行うことで、評価作業の工数を大きく削減することが期待できます。今回は業務プロセス統制の評価作業について、どのような方法が効率化に繋がるのか、事例をご紹介いたします。
目次
業務プロセス統制評価の効率化事例~リスク分析~
J-SOXは財務報告に係る内部統制の有効性を確保するための制度です。その有効性の評価においては、コントロールの実施状況を評価する必要があり、コントロールの数を減らすことで評価作業の工数を削減できます。
コントロールの数に着目した場合、ポイントとなるのがリスクの分析です。RCM作成時に重要性が低いリスクまで識別しているケースが見受けられます。重要性が低いリスクを抽出し削減できれば、コントロールもおのずと削減されます。以下で、リスク分析における参考事例をご紹介いたします。
事例①発生可能性が低いリスクの識別
リスクはまず「各アサーション(実在性、網羅性、権利と義務の帰属、評価の妥当性、期間配分の適切性、表示の妥当性)に関するリスクがないか」という視点で網羅的に識別するため、リスクの中には重要なものから軽微なものまで含まれています。重要性を検討する際のポイントとなるのが発生可能性です。「そのリスクは現実に起こりうるのか」を検討し、発生し得ないと判断した場合は除外します。
発生可能性を検討する際は、質的な要因と量的な要因を考慮します。
質的な要因:不正により起こりやすいか、ヒューマンエラーにより起こりやすいか等
量的な要因:想定される発生件数が極端に少ない場合に起こり得るのか等
事例②金額的影響度が低いリスクの識別
リスクが発生した場合の金額的影響も、重要性の指標となります。売上損失等の財務諸表への影響額から、重要性を判断します。判断の基準となる金額は企業規模により異なるため、会社独自の算出方法や金額を決め、基準より下回るリスクを除外します。除外対象のリスクについて、過去に不正や不備の発生等の特段の懸念事項がある場合は、慎重に判断する必要があります。
業務プロセス統制評価の効率化事例~統制レベルの設定~
評価効率化において、キーコントロールの数がポイントとなります。キーコントロールとは、「リスクを低減させるために設定されたコントロールにおいて、その中心的な役割を担うコントロール」です。統制レベル(一般コントロールまたはキーコントロール)を見直すことにより、キーコントロールを削減することができれば、評価作業の効率化が期待できます。統制レベルの見直しに関する参考事例をご紹介いたします。
事例①統制実施者に必要な知識・経験の有無の識別
業務の性質に応じて、専門的な知識や経験が必要になる場合があり、統制実施者の適格性も重要な要素となります。例えば、費用計上のフローにおいて、現場部門の上長による承認と経理担当者による承認の両方に、キーコントロールが設定されているとします。費用の妥当性については、現場部門の上長による専門的な知識や経験による判断が必要です。この場合、経理担当者の承認は一般コントロールとし、現場部門の上長による承認をキーコントロールに設定することが適切であると考えます。
事例②統制実施のタイミングによる統制レベルの設定
一般的に、リスクが起きないようにする予防的統制の方が、発生したリスクに対する発見的統制より有効な統制のため、キーコントロールに該当する可能性が高いです。特に発生件数が多い場合は、より予防的統制が有効な統制になります。
多くの企業ではリスクに対して、キーコントロールの設定が過多になっているケースが見受けられます。上記の事例を参考に統制レベルの設定を見直すことをお勧めします。さらに、一つのキーコントロールが複数のリスクをカバーしている場合は、リスクとコントロールの対応関係を見直すことも効率化に繋がります。
業務プロセス統制評価の効率化事例~評価手続の策定~
評価の実務では、手法(質問、観察、閲覧、再実施等)を選択し、評価手続を策定します。業務プロセス統制は評価するコントロールの数が多いことから、一つ一つの評価手続を見直すことにより、トータルで大きな効率化に繋がることがあります。以下で、評価手続の策定のポイントとなる事例をご紹介いたします。
事例①不要な評価手続の除外
コントロールに応じて、どの程度の強さの証拠が必要なのか、十分な心証が得られるかどうかという観点から吟味し、効果的な評価手続を選択する必要があります。その選択において、不要な評価手続まで実施しているケースが見受けられます。例えば、突合の再実施と承認証跡の閲覧を組み合わせて評価手続としている場合、権限者による突合記録を確認できるのであれば、承認証跡の閲覧のみを評価手続とすることで、十分な心証を得られることがあります。一般的に再実施は証拠力が高い手続ではありますが、労力を要するため、閲覧のみを評価手続とすることができれば、評価作業の工数を削減できます。
事例②評価手続の明確化
人事異動等で評価メンバーを固定できないことも想定されます。「過去にどのように評価していたか、確認に時間がかかる。」という悩みを聞くことも少なくありません。評価手続を策定する際、証憑名・確認内容等を具体的に明記することにより、第三者(担当者とは別のメンバー等)が確認する際の工数を削減できます。
評価実務が形骸化していることが原因で、何年も同じ評価手続を実施しているケースも見受けられます。評価効率化の視点で評価手続を見直してみてはいかがでしょうか。
業務プロセス統制評価の効率化事例~サンプリング方法の見直し~
J-SOX対応で最も作業負荷が高いのが運用状況評価です。特に業務プロセス統制は他の統制種別と比較し、サンプリング件数が多いことから、「いかにサンプリング件数を減らすか」に着目することが評価効率化においてポイントとなります。サンプリング件数が少なくなれば、証憑収集から評価作業の工数削減に繋がります。サンプリング件数の削減に着目した効率化事例をご紹介いたします。
事例①母集団の共通化
キーコントロールごとに母集団を設定するのではなく、1つの母集団で複数のコントロールに対する案件を選定することにより、サンプリング件数を減らすことが可能です。母集団の共通化を検討するにあたり、各コントロールに関連する勘定科目に着目します。例えば、受注承認⇒売上承認⇒請求書発行承認のコントロールが、共通する売上に関連している場合、共通化できる可能性があります。共通した売上案件に対応する、各コントロールの証憑(注文書・請求書等)を収集し、評価することになります。次に、共通するフローに着目します。複数の異なる勘定科目で個別に3点セットが作成されている場合でも、例えば、計上のフローにおいて同じシステムを使用し、申請から承認まで同一のフローであれば、各計上データを一つの母集団することで共通化できる可能性があります。
事例②都度統制における「年間発生件数×10%」の適用
手作業によるコントロールの場合のサンプル件数は、統制頻度に応じて下記テーブルに従いますが、統制頻度が都度統制の場合は年間発生件数に応じて決定することになります。年間の発生件数が53件以上 150件未満の場合に「年間発生件数×10%」の算出方法を適用することで、サンプリング件数を削減することが可能です。
<年間発生件数とサンプル数>
【1日に複数回】251件以上⇒25件
【日次】53件以上 250件以下⇒15件
【週次】13件以上 52件以下⇒5件
【月次】12件以下⇒2件
運用状況評価における効率化は、大きな工数削減が期待できますが、その運用方法を誤ると期末のタイミングで追加対応が必要になる等、思わぬ工数が発生する可能性があります。それを防ぐためにも、母集団データの抽出方法や、サンプリング件数の根拠等の記録を残すことが重要です。
業務プロセス統制評価の効率化における留意事項
評価効率化においては、その進め方や効率化後のJ-SOX対応についても、十分に検討しながら進める必要があります。最後に評価効率化を進めるうえでの留意事項をご説明いたします。
作成した評価効率化案については、監査法人との協議の場を設ける等、必ず合意のうえで評価に反映していくことが重要です。
監査法人と合意なく進めた場合、監査法人による独自評価が必要となったり、評価自体がやり直しになる等、後に膨大な負担を強いることになりかねません。下記の基本的な進め方に沿って進めることで、そういった事態を防ぐことが可能です。
■評価効率化の基本的な進め方
①評価効率化案の作成&トライアル評価
効率化の趣旨、手順を示した案を作成します。一部証憑を用いてトライアル評価する等、効率化案の検証を行うことで、改善・修正事項が明らかになることがあります。
②評価効率化案の最終化
検証結果を踏まえて対応案の例示を取り纏め、監査法人等に説明するための例示資料を作成します。
③監査法人との協議
効率化案について監査法人と協議を行い、意見や懸念事項を伺います。事前に監査法人には効率化案の資料を提示しておく等、効率的に協議を進めることが重要です。
④評価効率化案の反映
監査法人と合意した効率化案を3点セットや評価調書等に反映します。
⑤評価作業の実施
効率化案に基づき評価作業を行います。その結果は監査法人に提出します。
評価効率化案の検討の際は、評価の質を維持しながらより効果が高い手段を見極めることが重要です。内部統制評価の目的は、「内部統制が不正や誤謬を防止、又は適時に発見できるよう、適切に実施されているか。」等の有効性を評価することです。企業が評価効率化を進めた結果、評価作業が制度の趣旨にそぐわない形式的なものになってしまわないよう十分に注意する必要があります。
まとめ
評価効率化を進めるうえで、まずは事例を自社の状況に当てはめ、効率化の余地を探ることが第一歩です。
今回ご紹介した事例を効率化の手段の一つとして、検討してみてはいかがでしょうか。
■業務プロセス統制評価の効率化事例~リスク分析~
・リスクの発生可能性を検討し、発生し得ないと判断した場合は除外する。
・リスクが発生した際の影響額が会社独自の金額基準を下回る場合は除外する。
■業務プロセス統制評価の効率化事例~統制レベルの設定~
・統制レベルの設定においては統制実施者の適格性も重要な要素となる。
・リスクは経常的に発生するか、発生件数等を考慮し、有効な統制をキーコントロールに設定する。
■業務プロセス統制評価の効率化事例~評価手続の策定~
・効果的な評価手続のみを選択し、不要な評価手続は除外する。
・証憑名・確認内容等をより具体的に明記する。
■業務プロセス統制評価の効率化事例~サンプリング方法の見直し~
・関連する勘定科目および共通するフローに着目し、母集団を共通化する。
・都度統制において「年間発生件数×10%」を適用する。
■業務プロセス統制評価の効率化における留意事項
・監査法人との協議の場を設ける等、必ず合意のうえで評価に反映していく。
・評価の質を維持しながらより効果が高い手段を見極める。