IPOに向けた上場準備作業において、内部監査への対応は必須です。
内部監査の体制構築、監査実施の中で、段階別に必要な事柄があり、またIPOに特有の事柄もあります。専任者を配備できないときにどのように対応すれば良いか、監査実施段階で何をどこまで行えば良いかなど、懸念点もおありと思います。IPO後の内部監査についても気になるところではないでしょうか。
上場準備段階では、内部監査対応に必ずしも多くの経営資源を割くことは困難と思われます。その結果、自己監査リスクを高めてしまう場合もないとはいえません。
内部監査の有効性・効率性を担保しつつ円滑に開始させるにはどのようにすれば良いか、そのヒントを提示します。
部門設置から稼働開始まで
まず、体制構築です。どのような準備を整えれば良いか、組織を整備するうえでの留意点や専任者を配備できないときの対応にも触れつつ、部門の設置時期、組織、人選、社内等の理解について見ていきます。
1.設置時期
直前期(n-1)は年間を通して内部監査を稼働させる必要があります。そのため、直前々期(n-2)までに内部監査部門を設置します。
2.組織
組織は、①代表取締役の直下が最も多くみられます。②取締役会の直下、③監査役・監査役会・監査等委員会の直下もあります。ほかに、④経理部門など管理部門の中に設置する場合もあります。
このうち最も独立性の高いのは③で、高く推奨されます。もっとも、ステークホルダー等に対してきちんと説明すれば、①、②、④でも大きな問題はありません。
ただし、①は代表取締役の意思決定の手続、②は取締役会の意思決定の手続を監査テーマとして取り上げにくくなる点に、それぞれ留意する必要があります。また、④は自己監査リスクに留意してください。
3.人選
人選は、可能な限り、内部監査の経験のある専任者を置きます。もっとも、経営資源や業務量などを踏まえれば、当面は内部統制評価業務や管理系業務との兼務も許容されます。その場合には、自己監査リスクに留意してください。
4.社内・グループ内の理解
円滑な内部監査活動のためには、稼働時に社内・グループ内の理解を得られていることが鍵となります。稼働開始前・開始後にわたり、代表取締役から内部監査の必要性・有用性を適宜アナウンスすることをお勧めします。社内・グループ内の理解が早く進み、IPO後の内部監査活動にも好影響をもたらします。
直前々期までに組織を整え人選を行うのはもちろん、啓蒙することで稼働準備も稼働後の活動もよりスムーズに進みます。内部監査の有効性を高めるため、ぜひお勧めしたいポイントです。
稼働開始からIPO後まで
体制を整備すれば、次は監査実施です。内部監査で何を実施するのが良いか、IPOに特有の事柄にも触れつつ、稼働開始からIPO後までを見ていきます。
1.稼働開始
計画立案→実施→報告→改善のPDCAサイクルを回します。
実施初年度は、幹事証券会社から全拠点(主要なグループ会社含む)の内部監査を求められることがよくあります。また、管理体制など内部統制の状況の点検を広く求められることもありがちです。そのため、初年度は幹事証券会社と協議して計画を立案することが望まれます。
2.稼働時の権限および連携
内部監査を円滑に遂行するため、内部監査部門にはある程度の強い権限を持たせるようにします。規程に内部監査協力義務を明記するのが良いでしょう。もっとも、実際の活動では通常業務にも一定の配慮を示すことが望ましく、バランス感覚も大切です。
監査役・監査等委員や監査法人との連携も必要です。
3.フォローアップ
内部監査は、企業価値向上に資する活動を求められます。そのため、指摘・助言を行った後の活動も重要です。業務執行の最高責任者が改善指示を出します。この指示どおりに改善が行われているか、改善に必要十分な期間を経た後に、フォローアップといって改善の状況を確認することが重要となります。なお、ここでも自己監査リスクに留意してください。
4.IPO後
IPO後は、内部監査の有効性・効率性を失わず、レポートライン先を含むステークホルダーの期待に応えることの出来る範囲で、監査テーマ・監査手続等を自由に設定できます。監査テーマに迷うときは、稟議、経費精算など業務手続の監査から行うことも一案です。
IPOまでは外部関係者、特に幹事証券会社の意向も尊重して内部監査を実施し、IPO後はステークホルダーの期待に応えるべく手続・内容を変化させていくことをお勧めします。
自己監査リスクへの対応
見落としがちな注意点として、自己監査リスクがあります。監査の信頼性に関わり、組織や人選の場面、改善活動の場面で特に問題となります。
1.自己監査の影響
自己の業務を自ら監査すると、監査の信頼性を下げてしまいます。もっとも、IPO前後では、組織体制、経営資源等の制約から、自己監査リスクを回避し難い場合があります。リスクを低減させる活動が必要不可欠です。
2.組織・人選での自己監査リスク
経理部門や管理部門の中に内部監査部門を設置するときは、所属部門の監査は自己監査です。また、内部統制評価業務、管理系業務その他の兼務をしているときは、兼務業務の監査は自己監査です。
その部分は他部門が監査すれば、自己監査を回避できます。ただし、他部門のスポット的対応が内部監査として十分といえるかは検討する必要があります。
3.改善に関する自己監査リスク
改善指示を出さず、改善活動にも加わらないことも必要です。改善指示を出しまたは改善活動に加われば、次回の当該箇所の監査は自己監査です。
業務執行責任者(代表取締役)に対して改善指示を提案することは妨げられません。ただし、具体的提案はなるべく行わず、具体的に提案するとしても例示であることを強調します。
改善活動に加わるよう指示を受けるなど、リスクを回避し難いときは、指示者に対して自己監査となってしまうことを十分に説明してください。
4.自己監査リスクの最小化
専任者の設置が難しい、自己監査リスクを最小限としたい、内部監査をより円滑に遂行したいなどのときは、外部の内部監査サービスへのアウトソーシングも検討に値します。
自己監査は監査の信頼性を損ねます。もっとも、IPO前後では、完全には避けがたい場合もあると思われます。その場合でも、自己監査リスクを出来るだけ低減させることが必要です。自己監査リスクを増加させないよう、どうぞご留意ください。
まとめ
■部門設置から稼働開始まで
・直前々期(n-2)までに内部監査部門を設置する。
・組織は、監査役等の直下が最も推奨されるところ、きちんと説明すれば代表取締役の直下等でも問題ない。
・人選は、内部監査の経験のある専任者が最も推奨されるところ、自己監査リスクに留意すれば兼務も許容される。
・内部監査の円滑化のため、代表取締役から内部監査の必要性・有用性を適宜アナウンスされたい。
■稼働開始からIPO後まで
・内部監査のPDCAサイクルを回すにあたり、初年度は幹事証券会社と協議することが望ましい。
・内部監査を円滑に遂行するため、ある程度の強い権限を内部監査部門に持たせる。
・指摘・助言を行った後のフォローアップも重要である。
・IPO後は、内部監査の有効性・効率性確保とステークホルダーの期待の範囲で、監査テーマ等を自由に設定できる。
■自己監査リスクへの対応
・IPO前後では、監査の信頼性を下げる自己監査リスクを回避し難い場合がある。
・管理部門内への内部監査部門設置、他業務の兼務は、ともに自己監査リスクがあり、他部門への内部監査委託が考えられる。
・内部監査部門からの改善指示、改善活動参加、具体的提案は、いずれも自己監査リスクがある。
・専任者の設置困難、自己監査リスクの最小化、内部監査のさらなる円滑化などのときは、アウトソーシングも検討に値する。