日本企業の多くは3月を決算月としています。予算管理の点でみると、遅くとも2月中には来年度の予算を固めておく必要がありますが、予算が固まるまで4ヵ月から5ヵ月かかるので、前年の10月頃から予算策定を始めるのが一般的です。しかし新年度が始まってみると、多くの時間をかけて策定した当初の予算・計画とは全く状況が変わってしまった、という経験もあるのではないでしょうか。
これらのギャップを小さくするためには、自社の業績をリアルタイムで把握、分析し、流動的な経営環境に対応した予算・計画策定が求められます。そこで今回は、このような状況の打開策として効果的とされている「ローリングフォーキャスト」という予算管理の考え方を取り上げ、その必要性や課題、解決方法を解説していきます。
ローリングフォーキャストとは
ローリングフォーキャストとは、予算管理における1つの考え方です。企業は経営に必要な予算や事業計画を策定しますが、それらを固定化せず、経営環境の変化や実情に応じてフレキシブルに見直し、進めていく手法のことです。ローリング予想やローリング予測とも呼ばれています。予算という面で現状の日本企業を見ると、以下のような対応をしている企業が多くあります。
・年度単位で予算管理を実施している。
・各部門から売上や経費等の予算・計画値を収集し、次年度になったら確定した実績との乖離を分析し策を講じる。
年度単位で予算を策定する場合、年度が始まる4~5カ月前から各担当部門、担当者が動き出します。しかし、その時点で数カ月先の市場や経済の動きを見通すのは難しく、また関係者個人の様々な思惑が絡み「絵に描いた餅」になりやすいという欠点があります。また予実の分析についてもタイムラグが発生するため、効果的な策を講じることができない可能性が高まります。そこで最近、改めて注目されているのがローリングフォーキャストという考え方です。「改めて注目」としていますが、ローリングフォーキャストは、最近生まれた考え方ではなく、昔から存在している考え方です。運用に則して言い換えると、年度単位で作成した予算や業績予測を1年間固定するのではなく、経営環境の変化に合わせて四半期等の短いタイミングで更新していく手法のことです。また計画対象期間は常に一定となります。1つの四半期を終えたら、次回以降の4四半期分を再度予測していきます。
上場企業の場合は、2007年9月に施行された金融商品取引法により、四半期財務諸表の開示を義務付けられています。それにより社内の経営管理の仕組みも月次等の短いサイクルにする必要が出てきたため、すでにローリングフォーキャストを取り入れている企業もあります。しかし目まぐるしく動く経済状況の中で、よりスピーディーな経営判断が求められる中小企業やベンチャー企業にとっても、ローリングフォーキャストは重要な考え方・手法と最近では考えられ始めています。
ローリングフォーキャストの必要性
なぜローリングフォーキャストが改めて注目されているのかを説明します。ローリングフォーキャストの必要性としては、「環境変化への対応」と「中期的な計画性」の大きく2つにわけて考えることができます。それぞれ具体的に見ていきます。
■環境変化への対応
経営環境というのは消費者からのニーズの変化や為替市場の動きなど経済活動と密接な関係にあります。特に最近はその影響を大きく受け、従来のような1年後の予算、計画への信頼性は低くなりつつあります。もしかしたら1年先を予測することすら困難なケースもあるかもしれません。また第1四半期経過後、当初の目標を大きく下回ることもあれば、逆に好調な場合もあり、もしかしたらビジネスチャンスを失う可能性もあります。しかし、ローリングフォーキャストでは短いサイクルで予測を繰り返すため、現実的な予測と計画に基づいた事業展開が可能になります。リアルタイムの数字をベースに分析や予測を立てているため、予算や計画に対する信頼性も高まります。
■中期的な計画性
従来のような年度単位の予算・計画策定の場合、年度末が近づくと計画の対象期間が短くなっていきます。年度末が3月であれば、年が明ければ、実質1、2ヵ月先までの計画しかない中で事業を行うことになります。一方、ローリングフォーキャストの場合は、常に同じ長さの将来期間を計画対象とするため、一定の中期的な観点で事業運営が可能になります。年度単位の予算・計画策定だと、年に一度の業務になってしまいますが、ローリングフォーキャストを取り入れることで、継続的な予算や計画策定、それらを見直すことを会社全体に習慣づけることも可能になります。
このように経営環境の変化や予算・計画の精度向上のため、再びローリングフォーキャストが注目されています。
ローリングフォーキャストの課題
ローリングフォーキャストの必要性を説明してきましたが、ローリングフォーキャストを取り入れるうえで課題として挙げられるものが、主に2点あります。
①計画の責任所在が曖昧になる
従来の年度単位での予算・計画策定の場合は、1年先に対してコミットします。見直しもないため、仮に上期のタイミングで目標を下回ってしまったとしても下期で挽回するチャンスがあり、コミットに対する責任の所存が不明確になるケースは少ないです。しかしローリングフォーキャストの場合、四半期毎に予算や計画が見直されるため、当初の予算・計画に対する責任の所存が曖昧になるケースがあります。特に下方修正が続いた場合、誰がいつ、何を根拠に見直したのか見えづらくなります。投資家や株主からすれば、年初に立てた予算や計画を実現してもらう必要があるため、継続的に見直しが発生することで、当初の計画に対する結果や責任が見えづくなるという点が課題として挙げられます。
②担当者、担当部門の負荷増大
ローリングフォーキャストを取り入れると、計画策定の頻度が増え、それに比例し実績・予算データの収集回数が増えます。またコミュニケーション面でも現場担当者や担当部門間のやり取りが増え、工数も必要となります。これまで年単位で行っていたものを四半期単位で行うとすると、単純に4倍の負荷がかかることになります。もしExcelで予算や計画を管理していた場合、利用するファイルが4倍に増えるため、ファイル管理だけでも多くの労力が必要になります。
ローリングフォーキャストは良い面もあれば、その代償として上述したような「責任所在が曖昧になる」、「担当者の負担増大」という課題が発生する可能性があります。これら課題をどのように解決するか、次の章で説明していきます。
課題の解決方法とは
先ほど挙げた2つの課題は、どちらも人員の追加、オペレーションの追加等で解決が可能な場合もありますが、中長期的に考えるとコストがかかります。それ以外の有効な手段の1つとして予算管理システムの活用が考えられます。システム活用による課題解決やメリットは次のとおりです。
■変更履歴の明確化
システムによってはワークフロー機能も備わっているため、予算や計画を策定した担当部門、担当者を記録することが可能です。このような担当者の履歴管理だけでなく、予算や計画そのもののデータ管理、変更履歴の管理も可能になります。変更前の情報や複数の予算・計画パターンのデータを保持することが可能なシステムもあるため、変更前と変更後の比較や四半期単位の比較、また当初予算(年度予算)との比較等が可能となります。このようにシステムを活用することで人やデータの履歴管理が可能となるので、課題の1つ目である「責任所在が曖昧になる」の解決に繋がります。
■担当部門、担当者の負荷軽減
課題の2つ目でも触れましたが、予算や計画策定業務ではExcelを利用している企業が多いです。そのうえで既にローリングフォーキャストを取り入れている企業をみると、四半期ごとにファイルを分けて管理し、予算担当部門は各会社、各現場部門から収集するExcelファイルの管理に大きな負荷が発生していることがあります。システムを活用すればこの負荷は大きく軽減されます。現場の担当者に直接システムへデータを入力してもらうことが可能になりますし、予算担当部門は入力されたデータをシステムへログイン後、帳票を選ぶだけで確認ができます。複数のExcelファイルを開いて集計したり、複雑な関数を設定する必要がなくなります。またデータを一元管理できるシステムであれば、入力されたデータを利用し、様々な切り口でデータを表示、分析することも可能になります。実際に、四半期ごとに用意していた何十ものExcelファイルを管理する必要がなくなった事例もあります。
このようにシステムを活用することで、データの履歴管理ができ、担当者の負荷軽減に繋がります。またそれによって分析業務等のコア業務に時間を充てることが可能になります。
ローリングフォーキャストの運用方法
最後にローリングフォーキャストの具体的な運用方法を紹介します。
・具体的な運用方法
「ローリングフォーキャストの必要性」のところで、計画対象の期間は常に同じ長さになるという話をしました。例えば、20X2年4月に4四半期分の予測を行った場合、最初の第一四半期が終了したタイミングで、そこから先の4四半期分の予測を立てます。ここでは最初の第1四半期(3ヵ月分)の実績データをベースにし、当初作成した残りの3四半期分の予測データについても見直しをかけます。4四半期目(翌年の第1四半期)の予測に関しては、このタイミングで初めて予測を立てます。よくある運用方法としては、このように直近の実績データをベースに以降の予測データの見直しを進めていく方法となります。
・運用時の注意点
多くの場合、投資家や株主にコミットするのは年度単位の予算・計画です。ローリングフォーキャストを取り入れると、当初コミットしている数値と乖離することがあります。つい先の予測にばかり目がいきがちになりますが、当初立てた予算・計画にも目を向けるられる、データ管理、マネジメント体制も考慮しなくてはなりません。
このような運用方法や注意点がありますが、予算管理システムであれば、いつの(20X0年第1四半期の)、何の(見込み、実績等)、誰が(担当部門、担当者)作成したデータなのかを細かく簡単に管理することができます。データ比較やスピーディーな予測分析にもつながるため、是非この機会にシステムの活用を検討してみてはいかがでしょうか。
まとめ
■ローリングフォーキャストとは
・年度単位で作成した予算や業績予測を1年間固定せず、経営環境の変化に合わせ短いタイミングで更新していく手法のこと。
・上場企業だけでなく、中小企業やベンチャー企業にとっても、ローリングフォーキャストは重要な考え方・手法として注目されている。
■ローリングフォーキャストの必要性
・ローリングフォーキャストは短いサイクルで予測を繰り返すため、現実的な予測と計画に基づいた事業展開が可能となる。
・常に同じ長さの将来期間を計画対象とするため、一定の中期的な観点で事業運営が可能となる。
■ローリングフォーキャストの課題
・四半期毎に予算や計画が見直されるため、当初の計画に対する結果や責任が見えづくなる。
・年度単位に比べ、データ収集や計画策定回数が増えるため、担当部門、担当者に負荷がかかる。
■課題の解決方法とは
・システムを取り入れることで、人(担当者)やデータ(修正前や修正後等)の履歴管理が可能となる。
・システムを取り入れることで、Excel管理の負荷軽減や集計作業、分析作業の効率があがる。
■ローリングフォーキャストの運用方法
・先の予測にばかり注目せず、当初立てた予算・計画にも目を向けるられるデータ管理、マネジメント体制も必要となる。
・システムを活用し、数値に対する、いつ、何の、誰がという情報を明確にすることで、スピーディーなデータ比較、予測分析が可能となる。