IFRS(国際財務報告基準)を適用している企業は200社を超え、250社に迫ろうとしています。過去を振り返ると、2009年にIFRSの強制適用が示唆され、上場しているほとんどの企業がIFRSの適用を検討している時期がありました。その後、東日本大震災の影響でIFRS強制適用の話はなくなり、すっかりと下火になってしまいましたが、2013年に適用要件が緩和されて徐々に適用する企業が増えていき、今に至ります。
IFRSを適用するメリットは、①海外投資家からの資金調達を容易にする、②海外子会社を持つ企業は、グループ間で統一した基準で会計処理が行える、③のれんが非償却になるので利益が増えるとといったものが挙げられます。特にIPOを目指す企業では、③のメリットが大きく、適用する企業が多く存在します。
このようなメリットを享受することができるIFRSですが、企業の『実態』に合わせた会計処理が求められますので、簡単に適用できるものではありません。今回は、IFRSの適用手法について、詳細をご紹介します。
IFRS適用の流れ
IFRSは、日本で広く適用されている日本基準と全く違うという訳ではありません。日本基準と同じ内容も多く存在しますので、異なる部分だけ対応すれば良いように思いますが、実はそうではありません。IFRSは、日本基準と異なり「実態に即した会計処理」が求められます。従いまして、IFRSで複数の会計処理が定められている場合、選択した処理が「実態に即している」ということを証明しなければなりません。この『証明』(論点整理)こそがIFRS適用における最大のポイントになります。
IFRSの適用ですが、一般的には以下の4つのステップで進めます。
1.Fit&Gap分析
J-GAAPとIFRSの基準差(GAAP差と呼びます)を洗い出し、自社の会計処理と照らし合わせてGAPとなる項目を抽出・分析します。
2.IFRS論点の整理
1でGAPとなった項目について、複数の会計処理が定められているポイントを抽出し、取引の実態を調査した上で論点を整理し、会計方針を決定します。
3.会計方針の作成
1と2の結果を自社の『会計方針』として文書化します。一般的には、主要な方針を「会計方針」にまとめ、細かい部分は「ガイダンス」に分けて記載します。
4.IFRS決算・開示対策
IFRS適用後も単体財務諸表はJ-GAAPで作成しなければなりませんので、決算や開示を効率化する(ツールやシステム導入等)対策が求められます。
このように、IFRSは4つのステップを経て適用しますが、Fit&Gap分析や論点整理の結果は監査法人とのすり合わせが必要となります。また、IFRS決算・開示対策は比較的時間がかかりますので、2の論点整理と並行して進めることをお勧めします。
Fit&Gap分析の進め方
IFRS適用の最初のステップは、『Fit&Gap分析』です。まずは日本基準とIFRSとの差(GAAP差)を明確にしないと何も着手することができません。また、自社で行っている会計処理とGAAP差を比較し、異なる部分を論点として抽出する必要があります。これらを一覧化したものをFit&Gap一覧表と呼び、一覧表に設ける項目例をご紹介したいと思います。
【Fit&Gap一覧表の項目例】
Ⓐ IFRSの基準:IFRSの各号で定められている会計処理を記載します。
Ⓑ J-GAAP(日本基準):Ⓐに対する日本基準の会計処理を記載します。
Ⓒ GAAP差:ⒶとⒷの差を論点として纏めます。
Ⓓ 現行の会計処理:各項目に対して自社で行っている会計処理を記載します。
Ⓔ 対応方針:ⒸのGAAP差に対する対応方針を記載します。
ⒶとⒷの項目で記載する基準ですが、後々どの規程を指しているか辿ることができるように、基準の号や項数を記載しておくと良いです。ⒸのGAAP差につきましては、単純な基準差もありますが、日本基準で認められている『簡便処理』がGAAP差となるケースが多くあります。簡便処理の例としては、退職給付会計、敷金の資産除去債務、棚卸資産原価の測定方法としての売価還元法などです。
Ⓓで記載する現行の会計処理ですが、存在しない取引まで記載する必要はありません。存在する取引に対する会計処理を記載し、ⒸのGAAP差と比較して対応の要否を判断します。また、対応が必要となったGAAP差ですが、複数の会計処理が認められている場合は、選択した会計処理が「実態に合っている」ということを証明しなければなりません。このようなケースは、取引の実態を調査し、論点を整理する必要がありますので、ご注意ください。
論点整理の進め方
IFRSで複数の会計処理が認められている場合、自社の取引の実態に適したものを選択しなければなりません。また、「適している」ということを監査法人に提示する必要がありますので、論点整理の内容を『ポジションペーパー』に纏めます。ポジションペーパーは、「現状の取引」、「検討の背景」、「論点」、「結論」、「結論の背景」といった内容を記載し、根拠資料をまとめて作成します。
【ポジションペーパーの項目例】
Ⓐ 現状の取引:Fit&Gap一覧表から現状の会計処理を抜粋して記載します。
Ⓑ 検討の背景:Fit&Gap一覧表に記載したGAAP差を検討の背景に記入します。
Ⓒ 論点:ⒶとⒷの差異を整理すべき論点として記入します。
Ⓓ 結論:選択した会計方針・会計処理を記載します。
Ⓔ 結論の背景:結論の根拠を記します。
Ⓕ 根拠資料:実態調査を行った結果を根拠資料としてまとめます。
このように、ポジションペーパーはⒶ~Ⓕの要素で構成されます。では、どのような内容を具体的に記載するか、固定資産の耐用年数の論点を使って説明します。
【固定資産の耐用年数の事例】
Ⓐ 現状の取引:税法上の耐用年数を用いて減価償却を実施
Ⓑ 検討の背景:耐用年数について、IFRSでは「利用可能と予想される期間」とされているが、日本基準では税法耐用年数の使用も認められると規定されている。
Ⓒ 論点:耐用年数の変更の要否
Ⓓ 結論:税法上の耐用年数を用いて減価償却を行う(ただし、毎年見直しを行う)
Ⓔ 結論の背景:各固定資産の使用年数を調査した結果、税法上の耐用年数と近似したため
Ⓕ 根拠資料:各固定資産の使用状況 ※除売却したものを含む
このような論点整理ですが、論点の少ない企業でも10個程度は発生します。また、正式なポジションペーパーでは上記の例よりも詳しく記載しますので、相応の時間がかかります。
会計方針の作成方法
Fit&Gap分析や論点整理の結果を、自社(または自社グループ)の『会計方針』として定める必要があります。この会計方針ですが、頻繁に変更が発生しないように、必要最低限の内容で作成することをお勧めします。なぜなら、会計方針の変更は、企業によっては取締役会決議事項になっている場合があるからです。しかし、あまりにも簡潔過ぎると会計処理が分からなくなってしまうという弊害もありますので、詳細は『ガイダンス』として別に作成します。
【会計方針の作成手順】
1.関係するIFRSの基準書の明確化
自社の実態に関係するIFRSの基準書を明確にします。Fit&Gap分析で一覧表を作成しましたので、そこから抽出します。
2.会計方針のひな型の作成
IFRSの基準書の原文をそのままコピーしてひな型を作成します。IFRSの基準には、会計処理に関する記述と、その根拠など説明に関する記述の2種類が存在しますので、会計処理に関係する記述のみの抜粋で問題ありません。
3.論点整理結果の反映
論点整理の結果(ポジションペーパーの結論)を会計方針の該当する箇所に記載します。
4.ガイダンスの作成
会計方針について、補足説明が必要な部分は別途『ガイダンス』として作成します。
このように、基本的にはIFRSの基準書から該当する部分を抜き出し、Fit&Gap分析や論点整理の結果を反映することで、会計方針を作成するのです。
IFRS決算・開示対策
IFRSを適用した場合、日本基準とIFRSそれぞれの決算が求められます(これを連単分離と呼びます)ので、決算作業の負荷が増加します。従いまして、IFRSを適用する場合、同時に決算早期化や効率化にも着手する必要があるのです。
単体財務諸表は日本基準で作成しなければならないことから、一般的には日本基準で決算を行い、IFRS調整仕訳を計上してIFRS版の財務諸表を作成するプロセスが一般的です。このIFRS調整仕訳ですが、Excelを用いて作成する企業もありますが、連結決算システムに調整仕訳を取り込み、IFRS連結財務諸表を作成する企業も多くあります。また、有給休暇の会計処理のように、IFRS調整仕訳を計上するには、その根拠となる数値を求めなければなりませんので、Excel等のツールを準備する必要があります。
IFRSを適用することによる業務負荷の増加は、決算だけではありません。有価証券報告書の注記開示のボリュームも日本基準と比べて1.5~2倍近くに増えますので、この対策も必要になります。こちらについては、開示システムを利用する企業が多いです。
このように、IFRSの適用は、決算・開示対策としてシステムやツールの整備等が必要になります。IFRSの適用は、Fit&Gap分析や論点整理、会計方針の作成に目がいきがちですが、決算・開示対策を怠ると、期限内に決算がしまらないという事態になりかねませんので、早めの対応が求められます。
まとめ
■IFRS適用の流れ
・IFRSの適用は、一般的にFit&Gap分析、IFRS論点の整理、会計方針の作成、IFRS決算・開示対策といった流れで進める。
・Fit&Gap分析や論点整理の結果は監査法人とのすり合わせが必要となる。
■Fit&Gap分析の進め方
・Fit&Gap分析は、日本基準とIFRSの差(GAAP差)と自社の会計処理を比べ、差異を抽出する。
・日本基準で認められている『簡便処理』がGAAP差となるケースが多い。
■論点整理の進め方
・IFRSで複数の会計処理が認められている場合は、選択した会計処理が「実態に合っている」ということを証明する必要がある。
・ポジションペーパーは、「現状の取引」、「検討の背景」、「論点」、「結論」、「結論の背景」といった内容を記載し、根拠資料をまとめて作成する。
■会計方針の作成方法
・会計方針は、頻繁に変更が発生しないように、必要最低限の内容で作成する。
・会計方針が簡潔過ぎると会計処理が分からなくなってしまうため、詳細は『ガイダンス』として別に作成する。
■IFRS決算・開示対策
・IFRSを適用すると、日本基準とIFRS双方の決算作業が必要になるため、決算早期化や効率化に着手する必要がある。
・IFRSの有価証券報告書の注記開示ボリュームは、日本基準と比べて1.5~2倍近くに増えるため、開示システムを利用する企業が多い。