J-SOXの法制度適用から10数年が経過し、近年、弊社にはJ-SOX評価の効率化についてのお問い合わせが多くあります。
「構築した当時の内容を毎年繰り返しているが疑問に感じる」、「子会社も親会社同様に評価しているが本当にここまで必要なのか」、「業務プロセスの評価範囲とリスクがワンパターン化している」、「J-SOXに即した評価範囲の適切性を知りたい」など、評価効率化における企業の悩みは様々です。今回は、そのような悩みを解決すべく、内部統制の評価効率化について考えてみたいと思います。
整備状況評価・運用状況評価とは
評価の効率化について考える前に、内部統制評価の基礎知識を整理しておきましょう。そもそも内部統制の整備状況評価・整備状況評価とはどういった作業なのでしょうか。改めて考えてみたいと思います。
■整備状況評価
整備状況評価とは、財務報告に係るリスクを低減する仕組みがあるかを確認する作業になります。
評価対象となった拠点や業務プロセスに対し、規程や体制、業務手順等を閲覧し、リスクを低減する仕組みが整っているか確認することをいいます。
■運用状況評価
運用状況評価とは、統制のルールや体制通りに運用されているか、統制活動が継続的に行われているかを、実際の証憑(証拠)を収集して確認することをいいます。
整備状況評価で確認した仕組みを基に行う評価作業となりますので、整備状況評価が完了していることが実施の前提となります。
このように、内部統制評価とは、内部統制の有効性を判断するため、整備状況・運用状況2つの観点から評価を行うことを指すのです。
整備状況評価・運用状況評価の評価ポイント
内部統制評価の効率化を考えるにあたり、もう少し「内部統制評価」についてポイントを見てみましょう。整備状況評価・運用状況評価では、それぞれ以下の3つのポイントを押さえて進めることが重要になります。
■整備状況評価のポイント
①明文化
ルールや仕組みが規程や業務手順書等の文書に反映されているか確認します。ルール等が存在していても、従業員同士が暗黙の了解として認識しているだけでは整備状況評価の証拠として弱いため、それらを明文化しているか確認することがポイントとなります。
②体制
財務諸表を正確に作成するために、職務権限規程に承認等権限の範囲が定められているか、また、研修等教育制度を整備し、財務諸表を正しく作成するための能力を向上させる機会を与えているかを確認します。
③統制の適切性
財務報告に係るリスクを低減する統制活動が整備されているか、1つの取引を対象に評価を行います。業務プロセスにおける取引の開始から仕訳計上に至るまでの一連の流れを、証憑を収集して確認します。
■運用状況評価のポイント
①順守性
規程やマニュアルなどのルールに沿い、統制活動が正しく行われているか実施の状況が分かる伝票などの証憑が存在しており、ルール通りに証跡(押印など)が残されているかを確認します。
②継続性
統制活動が継続的に運用されているか、一定期間における証憑を閲覧し、有効な統制活動が継続的に行われているかを評価します。
③有効性
全体を通じてリスク低減がされているか、統制に組み込まれた業務プロセスが有効か、不備があった場合に補完統制があるかなど、プロセス全体における統制活動が有効かを判定します。
整備場評価では、「①明文化」、「②体制」、「③統制の適切性」、運用状況評価では、「①順守性」、「②継続性」、「③有効性」といった観点で評価を行うことがポイントとなります。
内部監査部門の評価作業における悩み
評価作業を行う中では、「サンプリングする証憑が多い」、「評価するコントロールの数が多い」といった点で、評価作業の負荷が高いと感じられている企業が多くあります。
■悩み1:サンプリングする証憑が多い
母集団から一部を抽出することをサンプリングといいます。統計学の考えに基づき、一部の証憑を評価し、全体の有効性を確認します。取引件数が多いもの(日次と同程度の件数)であれば25件、取引件数が少ないものであれば母集団の10%をサンプリングし、評価を行います。監査法人によっても統制のサンプリング件数は、基準が違うようなので注意が必要です。
■悩み2:評価するコントロールの数が多い
運用状況評価では、キーコントロールを対象に評価を行います。キーコントロールとは、業務プロセスの中でリスクを低減するために中心的な役割を担うコントロールのことを指します。識別したリスクに対して、最低1つのキーコントロールを設定する必要があります。ここで保守的に考えてしまい、必要以上にキーコントロールを設定しているケースが見受けられ、評価するコントロールの数が多くなってしまうことがあります。
上場企業には毎年必ず求められるJ-SOXの評価作業において、「サンプリングする証憑が多い」、「評価するコントロールの数が多い」という課題が多く見受けられますので、これらの解決が評価作業の効率化につながるといっても過言ではありません。
整備状況評価・運用状況評価の悩みの解決方法
評価作業において「サンプリングする証憑が多い」、「評価するコントロールの数が多い」という悩みを抱える企業が多い中、どのような解決方法があるのか見てみます。
■解決策1:母集団の適切な選定とプロセス・コントロールの統合
母集団を適切に選ぶことで、収集する資料を最小限にすることができます。一般的には統制頻度を少なくする方がサンプリング件数が減りますが、母集団によっては月次統制よりも都度統制と認識した方が評価工数が少なくなる場合もあります。
また、近しいプロセスや、コントロールについては統合してしまう事で評価の効率化が図れます。
サンプリング対象期間を9ヵ月とし、統制内容が「月末に課長が売上集計表と請求書の金額を付け合せて、承認印を押す」という例について違いをみていきます。
<売上集計表(月次)を母集団とする場合>
統制頻度を月次と認識し、サンプリング件数は2ヵ月分(=2件)とします。サンプリング数としては少なく見えますが、例えば、売上集計表には100件の請求書の内容が含まれていたりするため、実質的には202件の証憑を評価することになったりします。
<請求書(都度)を母集団とする場合>
統制頻度を都度と認識し、請求書のサンプリング件数を25件とします。請求書と付け合わせるために、サンプリング対象期間9ヵ月分(=9件)の売上集計表を収集します。結果として、評価する証憑の合計数は34件となり、月次統制の場合よりも作業負担が減ることになります。
■解決策2:重要性の低いリスクに着目したキーコントロールの削減
キーコントロールの絞り込みにより、運用状況評価の負荷を軽減することができます。キーコントロールを絞り込むためには、リスクに着目してその重要性を評価します。重要性の低いリスクを削減することにより、設定されているコントロールも削減することができるようになります。
このように、「サンプリングする証憑が多い」という課題を抱えている場合には、母集団の適切な選定とプロセス・コントロールの統合によって効率化を図ることが可能となります。また、「評価するコントロールの数が多い」という場合には、重要性の低いリスクを削減するといった対策で解決することができます。
評価作業の効率化に向けて
内部統制の評価作業は、毎年必ず実施しなければならない作業になります。効率化を進めたいと考えながらも、前年度までと同じ進め方で落ち着いてしまい、なかなか効率化に着手でないといった声を多く耳にします。しかし、効率化に着手しなければ、作業負荷は一向に減りません。
評価作業の効率化を進めたいが、「どこから着手してよいのか分からない」というご相談を頻繁にいただきます。このような時は、「サンプリングする証憑の数」と、「評価するキーコントロールの数」に着目されてはいかがでしょうか。証憑数については、統制の頻度と母集団を適切に選ぶことで、作業負荷を軽減することができます。また、重要性の低いリスクを削減することにより、設定されているキーコントロールも削減することが可能です。
しかし、効率化をしすぎて監査法人から指摘を受けるようでは問題です。制度上の要点はしっかりと押さえたうえで、効率化を進めることが重要になりますので、監査法人と相談しながら進めるということも大切です。
J-SOX評価は上場企業では毎年発生するものになりますので、もし少しでも評価作業の負荷が大きいと感じられているようでしたら、できるだけ早めに見直しを行い、効率化に着手されることをお勧めします。
まとめ
■整備状況評価・運用状況評価とは
・整備状況評価とは、財務報告に係るリスクを低減する仕組みがあるかを確認することをいう。・運用状況評価とは、統制のルールや体制通りに仕組みが運用されているか、統制活動が継続的に行われているかを、実際の証憑(証拠)を収集して確認することをいう。
■整備状況評価・運用状況評価の評価ポイント
・整備状況評価のポイントは、①明文化、②体制、③統制の適切性
・運用状況評価のポイントは、①順守性、②継続性、③有効性
■内部監査部門の評価作業における悩み
・「サンプリングする証憑が多い」、「評価するコントロールの数が多い」という課題を抱えている企業が多い。
■整備状況評価・運用状況評価の悩みの解決方法
・「重要性の低いリスクに着目したキーコントロールの削減」、「母集団の適切な選定とプロセス・コントロールの統合」
■評価作業の効率化に向けて
・制度上の要点を押さえたうえで、効率化を進めることが重要。
・必要に応じて監査法人との相談が必要。